IBM|どんな会社?

IBM|どんな会社? 量子

IBM のロードマップに並ぶ数字は、同業より2桁小さく見えます。2029年の目標が200量子ビット。同じころ IonQ は2027年に1万と掲げています。ここでいう量子ビットは、0と1のどちらかに確定しないまま計算を進められる単位です。

ただしこの2つは同じものを数えていません。200は誤り訂正が効いた状態の量子ビット、1万は物理的な個数です。そして数より先に見るべきなのは、IBM が作ろうとしているものの形のほうです。大きな1枚を作らず、120量子ビットの単位をつないで増やしていく——プロセッサとメモリと命令を持つ、計算機としての形をしています。

先に結論
・大きな1枚を作らない。120量子ビットのモジュールをつないで大きくする設計
・2026年に 論理処理ユニット+量子メモリを1つの筐体へ(Kookaburra)
・2028年に 誤り耐性の計算に使う命令セットを試作する
・つまり作っているのは装置ではなく、プロセッサとメモリと命令を持つ計算機
・方式は超伝導とシリコンスピンの2本立て。後者は HRL の買収で手に入れた
・作る場所(ウェハ工場)まで自前で持とうとしている。2026年9月16日に確定契約となり、最初のウェハーが流れ始めた

つないで大きくする

2026年の目標に置かれているのは、Nighthawk というプロセッサで7,500ゲートの回路を回すことです。使うのは120量子ビットのモジュールを最大3個。ここが肝で、360量子ビットのチップを1枚作る話ではありません。

2028年には最大1,080量子ビットまで伸ばし、回路は15,000ゲートへ。1,080は120の9倍です。単位の大きさは変えず、数を増やしています。同じ年の目標には「誤り耐性のモジュール同士をもつれさせる」も並びます。2033年以降の Blue Jay の先は、機械そのものを複数つないだ分散計算です。

小さな正方形の板が3行3列で9枚並び、隣り合う板が短い橋で結ばれて全体がひとつの大きな枠に収まったイラスト。板の枚数は下の年ごとの個数とは対応していない。その下に段階が3つ。2026年はモジュールを最大3個つなぐ、2028年は誤り耐性のモジュール同士をもつれさせる、2033年以降は機械そのものを複数つないで分散させる
単位を大きくせず、つなぐ回数を増やしていきます。作りやすさのほうに賭けた設計です。(上の絵の板の枚数と、下の年ごとの個数は対応していません)

半導体で何度も起きた選択に似ています。1枚を大きくすると歩留まりが落ち、どこか1か所の欠陥で全部が無駄になる。小さく作って数を並べれば、1個の失敗が全体を巻き込みません。量子ビットは壊れやすいので、この理屈はいっそう強く効きます。

プロセッサがあり、メモリがあり、命令セットがある

読み進めていて手が止まったのは、2026年のもう一つの目標でした。Kookaburra というプロセッサで、論理処理ユニットと量子メモリを1つのモジュールに収めて実証する。計算する部分と、途中の状態を置いておく部分を、同じ筐体に入れるという話です。

並びが、机の上のパソコンとそっくりです。さらに2028年には誤り耐性の計算に使う命令セットを試作するとあります。命令セットというのは、その機械にどんな操作をさせられるかを決める体系のことで、古典の計算機では設計の背骨にあたる部分です。

チップの絵の横に「論理処理ユニット」「命令セット」「マジックステート蒸留」を並べた図。下に「命令セットは、古典の計算機にもある言葉」
並ぶ名前のうち、命令セットは古典の計算機にもある言葉です。マジックステート蒸留は量子に固有の工程で、机の上のパソコンには出てきません。

ここまで来ると、200という数字の意味が変わります。Starling の200は、誤り訂正が効いた状態で100万回どころか1億回のゲートを回す機械の話です。物理的に並んでいる量子ビットの数ではありません。IonQ が2027年に1万と言うときの1万は物理のほうなので、大小を比べた瞬間に間違えます。

ソラソラ
200と1万を比べちゃダメって、じゃあ何を見ればいいの?
インキーインキー
ゲート数のほうが近い。「何回の操作を、壊れずに続けられるか」だからね。IBMは2026年に7,500、2029年に1億と置いてる。量子ビットの数は物理か論理かで意味が変わるけど、ゲート数は「どこまで長い計算ができるか」を直接あらわすんだ。

方式を1本に絞っていない

量子ビットの作り方には流派があります。IonQ はイオンを真空に浮かべ、Rigetti は超伝導回路、Quantum Computing Inc は光。この3社は1社1方式です。売上のすべてがそこに乗っているので、途中で乗り換える体力がありません。例外が D-Wave で、主力はアニーリング(答えの候補を少しずつ落ち着かせて最適解を探す方式のこと)ですが、2026年1月20日に Quantum Circuits の買収を完了し、超伝導のゲート方式を手に入れました。会社は自らを「アニーリングとゲート方式の両方を持つ唯一の会社」と名乗っています。乗り換えではなく、買って2つ持った。純粋量子企業が方式を増やす道があるとすれば、いまのところこの形だけです(流派の違いそのものはイオンと超伝導を比べた記事で扱いました)。

IBM は2本持っています。超伝導が自前で、Nighthawk も Starling もこの系統です。もう1本のシリコンスピンは、2026年8月26日に HRL Laboratories の買収を終えて手に入れました。買収額は出ていません。

冷凍機の絵に「超伝導方式 = 自前」、チップの絵に「シリコンスピン方式 = 買った」と添えた図
長く自前で積み上げてきたのは超伝導のほうで、もう1つの方式は会社ごと買って手に入れました。方式の呼び分けは発表文の表現です。

売主が面白くて、HRL はもともと Boeing と General Motors が持っていた研究所でした。2社は手放したあとも提携を続けます。航空機と自動車の研究所が、量子の部品として買われた格好です。

作る場所まで自前で持とうとしている

2026年に入ってから、IBM は量子専用のウェハ工場を自前で持つ話を進めています。名前は Anderon。商務省が10億ドル、IBM 自身が現金で10億ドルを出す形で、量子には5年間で100億ドル超を投じる計画の一部です。5月は意向表明書でしたが、2026年9月16日に確定契約になりました。ニューヨーク州アルバニーの300ミリウェハーの工場で、超伝導の量子ビットを並べた回路と、その信号を出し入れする部品を作ります。受託専門——自社の機械のためだけでなく、ほかの量子企業にもウェハーを売る形です。

着工を待つ段階でもありません。会社は最初の量子ウェハーが既に製造ラインを流れていると書いています。交付の条件や、同じ CHIPS法で先に締結した各社との違いはCHIPS法10億ドルとIBMの量子ウエハー工場で扱いました。

近い場所へ、他社も別の道から向かっています。ただし距離はまちまちです。IonQ は受託製造の SkyWater を買収して2026年7月31日に手続きを終えました(見通しが1か月で1.6倍になったのは、この買収を数える範囲に入れたためです)。Rigetti・D-Wave・Quantinuum は2026年9月4日に商務省と契約を結び、それぞれ最大1億ドルを受ける代わりに自社株を政府へ渡しました。ただしこちらは研究開発の交付で、Rigetti の3課題のうち製造能力に当たるのは1つだけです(残りは読み出し回路の小型化と極低温能力の拡張)。しかも Rigetti は自社の製造施設を元から持っています。

工場の絵の横に「IonQ … 買った」「IBM … 自前で持つ」「Rigetti … 株と引き換え」を並べた図。下に「向かう先は近い。ただし距離は揃っていない」
買う・自前で持つ・株と引き換え。入口は3つとも違います。ただし Rigetti の交付は研究開発で、製造能力に当たるのは3課題のうち1つだけ——向きは近くても、距離は揃っていません。

設計図が良くても、作る場所を他人に握られていれば台数は増えません。つないで大きくする設計をとった以上、モジュールを量産できるかどうかが、そのまま性能の上限になります。工場の話は、性能の話の続きでした。

防衛調達の代償措置として、量子ハブが置かれた

では、できた機械はどう売れていくのか。2026年9月10日に出た話がひとつの答えでした。IBM と Lockheed Martin が、スイスの ETH Zurich に量子イノベーションハブを設けます。その設立は armasuisse、つまりスイス連邦国防調達庁とのオフセット契約を通して行われます。

冷凍機の絵の横に「armasuisse のオフセット契約」「ETH Zurich に量子ハブ」。下に「量子計算機の設置は2026年末までの予定」
オフセットは、装備を売った側が買った国の産業へ何かを返す仕組みです。その返礼として行われたのが、このハブの設立です。計算機のほうは2026年末までに置く予定で、発表はそこまでを書いています。

機械はスイス初の IBM Quantum System Two で、載るのは Nighthawk。置き場所はルガーノのスイス国立スーパーコンピューティングセンターで、2026年末までに設置し、運用は IBM が担います。Lockheed Martin は量子センシングと積層造形を持ち寄ります。金額は出ていないので、受注とは書けません。

入り方としては新しいと思いました。防衛2社の決算を読んだときに見えたのは契約の形でしたが、こちらはその契約の形が販路にもなりうる——というのが当サイトの読みです。しかも置き場所は、もともと古典のスーパーコンピュータを動かしている施設です。

現在地から、到達できるのか

年号が並ぶと全部が決まったことのように見えますが、確かめられる列とそうでない列は分けたほうがいい。

いま確かめられる現在地 会社が置いている目標 答え合わせの材料
HRL の買収は完了済み。方式が2本になった シリコンスピンと超伝導の学習を互いに効かせる ロードマップにシリコンスピンが年つきで現れるか
ロードマップ上にあるのは目標値(最大3個)だけ 2028年に最大1,080量子ビット、誤り耐性のモジュール同士をもつれさせる もつれさせた報告が、台数と成功率つきで出るか
工場は確定契約になり、ウェハーが流れ始めた(2026年9月16日) 量子専用ウェハ工場と、5年で100億ドル超 ここは答えが出た。次は出荷先——自社以外の量子企業の名前が出るか
System Two を国外の計算センターへ入れる段取りが進行中 2026年末までにスイスへ設置 2026年末。動いたかどうかは外から見える

この表で確かめられるのは左端だけです。だから年号を待つより、手前の合図を決めておくほうが早い。ここに挙げていた合図のうちひとつは9月16日に出ました——意向表明書が確定契約に変わり、ウェハーが流れ始めた。残りは2つです。スイスのあとに2台目が別の国で出るか。そして「誤り耐性のモジュールをもつれさせた」という報告が、実際に何個で成功率いくらだったという形で出てくるか。最後のひとつが出れば、つないで大きくする設計が机上の話でないと分かります。

ソラソラ
結局、IBMは量子で強いの?
インキーインキー
強い弱いだと外すよ。賭け方が違うんだ。純粋量子企業はたいてい1方式に全部を乗せて、毎四半期に採点される。D-Waveだけは買収で2方式になったけど、それも身銭を切って買った話だ。IBMは方式を2本持って、工場まで自前で持って、計算機の命令セットから作ろうとしてる。時間のかかる賭け方だけど、それができる会社は多くない。

よくある疑問

Q. IBM の量子事業の売上はいくらですか。
A. 分かりません。セグメント——会社が自分で切った事業の区分のこと——はソフトウェア・コンサルティング・インフラ・金融の4つで、量子の行がありません。推定値を載せている情報源を見かけたら、出どころを確かめたほうがいい部分です。

Q. Anderon という工場はもう動いていますか。
A. 動いています。ニューヨーク州アルバニーの300ミリウェハーの工場で、会社は最初の量子ウェハーが製造ラインを流れていると書いています。商務省との10億ドルの交付も、5月の意向表明書から2026年9月16日に確定契約へ変わりました。ただし、量産の規模や出荷先は公表されていません。

Q. 2029年に200量子ビットは、IonQ の1万より少ないのでは。
A. 数えているものが違います。片方は誤り訂正が効いた状態の量子ビット、もう片方は物理量子ビットです。近いのはゲート数のほうで、こちらは2029年に1億と置かれています。

Q. HRL の買収額は。
A. 出ていません。

量子ビットの数を追いかけていると、この会社は小さく見えます。ロードマップを最後まで読むと、そこに並んでいるのがプロセッサとメモリと命令セットで、量産できる単位をつないで増やしていく設計だと分かる。先に決めたのは大きさではなく、作り方でした。2026年末、ルガーノの計算センターに1台が入ります。設計が正しかったかどうかは、そういう具体的な場所から順に分かっていきます。

出典

主な提出書類の対象期間末: 2026-06-30(記事はこれより新しい発表も扱います。日付は本文に書いています)

数値は上記の原文から取っています。当サイトは特定銘柄の推奨・目標株価・売買の判断を書きません。

この記事を書いた人
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YA

某メーカーで働く30代、1児の親です。2025年10月から、米国企業の企業分析を個人で続けています。

やっていることは、わりと地味です。量子・宇宙・防衛の3分野について、各社がSECに出した書類の数字と、その日のニュースと、アナリストがどう言っているかを並べて、「で、いまどこにいるのか」を日本語に直す。英語の原文はいいことも悪いことも同じ顔で書いてあるので、その温度差ごと訳すのがこのサイトの役目だと思っています。

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